海峡に育まれた下関の歴史と文化
-海峡の歴史に未来が見える​-
 
最新情報などは ブログ をご覧ください。

NEWS

2026-02-25 企画展「薩長盟約と長府藩」資料紹介2
開催中の企画展「薩長盟約と長府藩」より、注目資料をご紹介します。今回は「木戸孝允書状時田少輔宛」です。本資料は、慶応元年(1865)閏5月3日、萩藩士の木戸孝允が、長府藩士の時田少輔に宛てた書状です。書状が書かれる以前の慶応元年5月、時田は、藩命により、長州から移転して太宰府に滞在する5人の公家に面会するため、萩藩の楫取素彦とともに同地に入りました。この時、太宰府には薩摩藩の意向の元、薩長和解に向けた活動を開始した坂本龍馬が訪れていました。時田と楫取は偶然にも、龍馬と面会。時勢を論じる中で薩長和解の件に及んだといい、下関での龍馬と木戸の会談案が持ち上がります。時田は、帰国後木戸にこのことを報せ...
2026-02-03 企画展「薩長盟約と長府藩」資料紹介
開催中の企画展「薩長盟約と長府藩」より、注目資料をご紹介します。今回は「東久世通禧書」です。東久世通禧は、文久3年(1863)8月18日、京都で過激な攘夷派が排除される政変が起こった後、長州へ落ち延びた七人の公卿(七卿)のひとりです。本資料は後年に記したもので、薩長の和解(薩長連衡)に功績のあった福岡藩を称えています。元治元年(1864)7月、幕府による長州藩への征討(第一次長州征討)が起こると、福岡藩は内戦の回避、長州藩の救済に向けていち早く活動を始めました。長州藩内で征討の対応にあたっていた岩国吉川家と接触した福岡藩は、長州藩が恭順の意を示せば征討の穏便な解決に協力する意思を示していた薩摩...
2026-01-23 企画展「薩長盟約と長府藩」開幕
1月23日(金)より、企画展「薩長盟約と長府藩」が始まりました。慶応2年(1866)1月、京都において成立した薩長盟約。朝敵となり、幕府と対立していた長州藩を薩摩藩が支援することなどを定めたこの盟約は、長州藩にとって大きな後ろ盾となっただけでなく、王政復古の実現、倒幕へと続く明治維新の画期をなす出来事でした。本展示では、薩長和解・提携の過程を追うとともに、長府藩士や下関との関りについて紹介します。関連講座の申込みも受付中です。ご希望の方は、当館受付またはお電話でお申し込みください。※詳細は展示情報のページをご覧ください
2026-01-19 特別展「手紙で辿る毛利家の喜怒哀楽」終了
特別展「手紙で辿る毛利家の喜怒哀楽」は昨日で閉幕となりました。ご観覧いただいたみなさま、ありがとうございました。主な資料の図版や解説を載せたパンフレットや関連講座「初代清末藩主毛利元知の手紙を読む」資料は、当館受付と公式HPにて販売していますので、ぜひご覧ください。次回企画展「薩長盟約と長府藩」は1月23日(金)からスタートしますのでお楽しみに。
2026-01-12 特別展「手紙で辿る毛利家の喜怒哀楽」出品資料紹介3
特別展「手紙で辿る毛利家の喜怒哀楽」出品資料紹介です。こちらは初代清末藩毛利元知が家臣に送った手紙。今回初公開となります。元知は長府の忌宮神社へ能を見物しに行くようですが、なぜかそれを内密にするようにと指示しています。理由は、長府へ行くことがバレると長府藩主の毛利綱元から色々なもてなしを受けるからだといいます。そうなると相手をするのが大変で、途中までしか能を見物出来なくなるそうです。それが嫌なので、わざわざ忍んで長府へ出かけようとしているのです。ちなみに綱元は4歳で長府藩主に就任しているのですが、その後見をしてくれたのが叔父にあたる元知です。綱元は、大恩ある元知をもてなしたい一心なのでしょう。...
情報検索3わくわくれきはくXインスタ新仕切り2考古学博物館土井ケ浜ミュ大翔館烏山ホタルの里美術館

公式SNS

­N­S­でも、博物館の情報などを見ることができるようになりました!!・下関市立歴史博物館公式X­・下関市立歴史博物館公式I­n­s­t­a­g­r­a­m­・下関市立歴史博物館公式F­a­c­e­b­o­o­k­
ページ最上部へ