現在開催中の企画展「壇ノ浦の合戦と阿弥陀寺・赤間宮」の展示資料から、今回は「大日本海陸名所図会」をご紹介します。

本資料は、玉蘭斎(歌川)貞秀が原画を描いたもので、広島から赤間関(下関)までの名所を題材としており(掲載写真は部分)、元治元年(1864)の作品です。
中央下部には阿弥陀寺(現赤間神宮)が見え、本堂の右側には「平家大将ノ墓」、いわゆる「七盛塚」も描かれています。
この作品で大きく取り上げられていること自体、阿弥陀寺が当時の下関を代表する名所であったことの証なのですが、注目されるのは阿弥陀寺および隣接する鎮守八幡宮の境内に数多く描かれた桜の木です。
説明文には、春の盛りには参詣客で賑わうと書かれており、この場所が桜の名所として親しまれていたことがうかがえます。
現在でも、歴史的な事件が起きた旧跡や文化財の所在地が、外部の人々にとって観光地として人気のスポットである一方、地元の人々の憩いの場である、というケースは、全国各地で見られることではないかと思います。
阿弥陀寺も、下関を訪れる旅人たちに人気の観光地である一方、地元の人々にとっては、桜の季節にはお花見を楽しむ憩いの場であったのでしょう。