開催中の企画展「薩長盟約と長府藩」より、注目資料をご紹介します。
今回は「坂本龍馬書状 三吉慎蔵宛 慶応3年3月20日」です。
慶応2年(1866)1月に成立した薩長盟約。その主な内容は、幕長戦争及び長州藩の復権において、薩摩藩が長州藩に協力すること、そして、長州藩の復権が成し遂げられた後、両藩が協力して朝廷の権威を高めることを目指すというものでした。
薩摩藩は盟約に従い、慶応2年6月に幕長戦争が開戦すると、京摂間への派兵などを実行。その後も長州復権に向けて活動しています。
本資料は、慶応3年3月20日、下関に滞在していた坂本龍馬が長府藩士三吉慎蔵に宛てた書状です。西郷隆盛の動向などについて記しています。
この頃、西郷らは、兵庫開港・長州処分の問題に関して将軍徳川慶喜と有力諸侯による会談を計画。幕府の政策の誤りを衝き、最終的に政治・外交の権限を、朝廷を中心とする有力諸藩の合議体に移管することを画策していました。本資料では、西郷が土佐藩を訪ねて前藩主山内容堂の同意を得たこと、薩摩藩の島津久光が京都に向かう予定であることなどが書かれており、「西郷も此度ハ必死覚ごのよし」(西郷も今回は必死の覚悟である)と報じています。
本資料をはじめ、この頃に龍馬が慎蔵に送った手紙には、薩摩藩の動向や同藩士から仕入れた情報が伝えられたものが多くあります。薩摩藩によって盟約が順守されていることや、その状況が長府藩士に逐一伝えられていた様子がうかがえます。