開催中の企画展「薩長盟約と長府藩」より、注目資料をご紹介します。
今回は「長府藩達書」です。
薩長和解・提携に向けた多くの志士たちの尽力が実を結びつつあった、慶応元年(1865)12月。京都での薩長会談に臨む木戸孝允の要請を受け、下関から上京することとなった坂本龍馬は、長府藩士の同行を依頼。この時、選出されたのが三吉慎蔵でした。
慶応2年1月1日、時勢探索の藩命を受けた慎蔵は、下関の福永専助宅で龍馬と初対面。議論の後、即時上京することに決し、船を待って下関を出発します。
京都までの道中、同地では龍馬らに対する探索が厳しくなっていることを聞かされますが、二人は危険を承知で入京を決意。先に龍馬が入京し、21日に薩長盟約の締結を見届けると、伏見の寺田屋で待つ慎蔵のもとへと走りました。
龍馬が戻ったのは23日。翌日の入京を慎蔵と約し、就寝しようとしていたところで、二人は幕吏の襲撃を受けます(寺田屋事件)。慎蔵は手槍、龍馬は銃で応戦し、辛くも寺田屋を脱出。材木置き場に身を隠した後、慎蔵が伏見の薩摩藩邸に走り、負傷した龍馬の救出に成功しました。寺田屋事件後の慶応2年2月、慎蔵は薩摩藩の西郷隆盛に招かれて龍馬とその妻お龍とともに京都の薩摩藩邸に入り、情勢等の情報入手に努めています。
慶応2年3月8日、前日に下関に戻った慎蔵は勝山御殿に登り、長府藩主及び重役に京師之事情(京都情勢)や薩長和親、伏見での遭難(寺田屋事件)について報告。時勢探索の藩命を達しました。本資料では、藩府より、伏見における慎蔵の奮闘が称えられ、20石の加増を申渡されています。