皆様こんにちは!東行記念館です!
イチオシ資料紹介、楽しんでいただけていますでしょうか?
本日ご紹介するのは、「久坂玄瑞和歌書」です。
先日に引き続き、連携展示・下関市立歴史博物館特別展「海峡に魅せられた幕末の英傑」との関連資料です。
本資料は、久坂の詠んだ和歌です。八月十八日の政変以降の作と推測されます。政変により、京都追放を余儀なくされた久坂の無念が伝わる歌です…。
京都で過激な攘夷を唱え、政治活動を展開した長州藩。しかし、行き過ぎた言動は孝明天皇の不信を招くことになります。天皇の考えを重く受け止めた朝廷内の一部勢力と在京諸藩は、文久3年8月18日、過激攘夷派の三條実美ら7人の公家(七卿)と長州藩の排除に動きました。(八月十八日の政変)
これにより京都での政治的地位を失った長州藩は、失地回復に向け奔走。この状況下、萩藩内では、武力による冤罪解消を訴える進発派の動きが活発化していきます。
八月十八日の政変以後、失地回復を図っていた久坂は、元治元年(1864)7月19日、禁門の変に加わりました。しかし、長州勢の敗北を察し、鷹司邸(京都市上京区)で自刃します。
この報せを聞いた萩の晋作は、久坂の死が信じられずにいました。松陰の実兄杉梅太郎に宛てた手紙には、「此節は毎夜湖兄(久坂)を夢に見候」と、久坂の死について真相がわからず当惑する様子と、杉に対し、「何卒、実情御承知の処、早々御報知下され候」と懇願している様子がみられます。
現在、当館で開催中の企画展「高杉晋作、逆境に挑む」では、連携展示・下関市立歴史博物館特別展「海峡に魅せられた幕末の英傑」に登場する大村益次郎、久坂玄瑞、坂本龍馬の関連資料を晋作とのエピソードとともにご紹介しています!
まだの方は6月20日(日)までですので、ぜひお出でくださいね。