ブログ blog page

テーマ展「関の住人ー佐甲家と伊藤家」のご案内

2020-02-02 (Sun) 10:12
2月に入り、ようやく冬らしい寒さを感じるようになってきました。
 
さて、本日はテーマ展をご紹介します。このたびのテーマは「関の住人―佐甲家と伊藤家」です。
佐甲家と伊藤家は、室町時代から赤間関(下関)町衆の指導的な立場にあり、毛利氏の家臣団に編入された後も、関代官のもとで町衆を統率する立場にありました。近世には大年寄を任され、引き続き長府藩の赤間関支配に尽力するとともに、本陣職(諸大名の休泊施設)も担っています。
 
展示資料
・毛利氏奉行人連署打渡状 天正19年(1591)11月18日
 天正19年(1591)11月11日、佐甲隼人(就親)へ200石(7端帆船1艘の役務に相当する所領)が打ち渡されたものです。
・堅田元慶書状 年不詳6月2日
 伏見に滞在する毛利氏奉行人の堅田元慶が、佐甲隼人(就親)の手紙が届いたことを報せたもの。この手紙から堅田は、佐甲氏の供船が朝鮮から無事に戻って来たことを知っています。
・宗一鷗(義調)書状 年不詳8月21日
 対馬島主宗義調が備後表(畳表)を贈ってくれた伊藤和泉守盛重に宛てたもの。本書状から下関町衆の指導的な立場にあった伊藤は、近年「賊船」(海賊)が蜂起しているので折々に宗氏へ情報提供していたことがわかります。
・阿弥陀寺養専書状 天正5年(1577)12月12日
 天正5年(1577)12月、阿弥陀寺26世住職の養専上人が20年余り懇請してきた本堂再建に尽力した伊藤佐渡守盛良へ宛てたものです。
・毛利輝元袖判同氏奉行人連署書状 年不詳4月6日
 毛利氏奉行人が門司要害(門司城)へ熊谷平太郎・彦二郎・将監を遣わし、米飯については段銭(田の面積に応じた課税)で50日分を速やかに引き渡すよう命じています。永禄年間、大友氏と関門海峡で激戦を繰り広げた毛利氏は、門司城と火山城(もしくは南部城)を一体として効果的な防衛を行いました。
・オランダ商館長御用船下関入湊図【複製】
・赤間関一見之図

の以上、7点になります。ぜひ、関の住人として代表的な佐甲家と伊藤家について、知っていただければ幸いです。

なお、テーマ展に関連した歴史講座を開催します。ご興味のある方は、ご参加お待ちしています。
3月21日(土) 関門海峡の歴史―歴史と文化の十字路
歴史講座 10時00分~11時00分
展示解説 11時00分~11時30分
※展示解説は、展示室や参加者の状況から開始時間の変更や複数回の実施など、状況に応じて行いますのでご了承ください。
講座参加料 300円
観覧料 210円
※観覧料は年齢等により減免がございますので、受付等でご確認ください。
定員 先着70名
※席に限りがございますので、お早めにお越しください。
 

Contents menu

RSS Category

常設展示

海峡に育まれた下関の歴史と文化-海峡の歴史に未来が見える「下関海峡」は、瀬戸内海、東シナ海、日本海への海の道が交わり、山陽道、赤間関街道、長崎街道などの陸の道を結ぶ十字路でした。この十字路には国内外の各地から集散した人・モノ・情報が交錯し、「海峡」は新たな文化と次代を創出し、時代が転換する契機となった舞台でもあります。「海峡」は歴史と文化の十字路であり、現代下関は「海峡」の賜であるといえます。
ページ最上部へ