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エピローグ
エピローグ
20世紀の下関-海峡とともに

20世紀になると、下関は鉄道の開通、関釜連絡船の就航、港湾整備などにより、海陸交通の拠点性を高めるとともに、日本の大陸進出に伴い国際都市および要塞都市としての性格を強めます。また、電気、ガス、水道などの都市基盤の近代化も図られました。加えて、下関漁港が築造されて遠洋漁業や南氷洋捕鯨の基地となり、水産都市としても発展しました。
その後、関門鉄道トンネルの開通、戦災、敗戦による国際性と軍事的役割の喪失などにより、戦後の下関は一時、拠点性を失って衰退しましたが、廃墟と混乱のなかから力強く復興し、再び東アジアの国際都市として成長しています。

鉄道の開通と関釜連絡船
関門鉄道トンネルの開通と終戦


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