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常設展示
中世〜近世の下関
中世〜近世の下関
ヒト・モノが集まる西日本の中心地

赤間関を領有して外国と通交した大内氏は16世紀の半ばに滅亡し、毛利氏の時代が到来しました。この時期、石見銀山の開発によって大陸に日本産の銀が流入し、銀を求める人々が日本に来航したため、東アジア社会で活発な交易が行われていました。赤間関は毛利氏の直轄関となり、大陸から往来する人々との交易でさらに発展します。また、支配者が移り変わる一方で、下関地域の住人は、政治・商業・軍事など様々な分野で活動を広げていきました。

戦国大名の時代 大内氏から毛利氏へ
東アジアとの通交 東アジアと日本を結ぶ窓口
戦国の世を生きる 躍動する人々


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